VOL 10 クラクフ Krakow アウシュビッツ Auschwitz
ワルシャワからの急行列車でたったの2時間、その車内でもイギリス人老夫婦と旅談義をしていたら
あっという間にクラクフ中央駅に到着していた。うるさい客引き達をすり抜けて予約してあったところに
荷物を置いてとりあえず街を歩いてみた。明日はアウシュビッツ敢行で夜には出発なので実質クラクフの街を
見れるのはこの日の数時間だけということである。中央市場広場を中心に旧市街が広がる。この街は
14世紀から16世紀までポーランドの首都に君臨し、第2次世界大戦でも奇跡的に被害を免れたという
ことで中世の街並みがそのまま残っている。しかし、思った以上に人が多い。観光客だろうか、やはり
ワルシャワに比べると観光資源が多いからね。
細い道を南に歩いていくとヴァヴェル城が見えてくる。ポーランド黄金時代をささえてきた立派なもので
あった。敷地もかなり広く、入場するのがもう少し早ければもっとゆっくり全体を観光することができたかな。
旧王宮博物館ではかなりの時間を費やしてクラクフやポーランドの歴史を見てまわっていたけれど
この手の博物館(神がいて天使とともに空へ舞い登る絵など)はなんか日本人はすぐ飽きるのではないか?
クラクフに来たのはここが目的ではなくて、オシフィエンチーム、ドイツ語でアウシュビッツ、これを見てみた
かったから。クラクフ中央駅からウィーン行きの国際列車に乗り込んで一時間するとオシフィエンチームに
到着し、そこからみんながバスに乗るので僕も乗り込んで国立オフィシエンチム博物館に到着した。
アウシュビッツとは誰もが知っている通り、第二次世界大戦中5年間にもおよびナチスドイツによってユダヤ人
を中心にヨーロッパ各地から人間を集め強制労働と虐殺が繰り返された場所。
Arbeit macht frei(働けば自由になる)
アウシュビッツ博物館は、当時使われていた収容所をそのまま展示したり、囚人が使っていた道具が展示
されてあったり、囚人達の写真が壁一面に張り出されていたりしていた。そのなかでも、一番印象的だったのは
囚人女性の髪の毛が7トン、そのまま切り取られて残されていたものだった。三つ編みがそのまま切り取られて
いたりして、残酷な仕打ちが脳裏を過る。
死の壁と呼ばれる銃殺用の壁には今でも絶え間なく花が捧げられていた。
実際の囚人の部屋を回ったり、ガス室を回ったりしているうちにまず映画「ライフイズビューティフル」を思い出す
のではないか。それと同時にいつか感じたあのヘンなドキドキ感が蘇ってくる。それは、
11年前、小学校6年の時に修学旅行で見学した原爆資料館で感じた何とも言えない胸騒ぎというかそんな
ものが胸を締め付る。近くにいた日本人の夫婦は早く帰りたがっていた。僕は帰ったら広島をもう一度
訪れようと思った。(→実際2ヵ月後広島に行った)
アウシュビッツはこのくらいにしましょう。
クラクフに戻った僕は夜の旧市街をブラブラ歩き、時間が来るのを待っていました。そして夜10時20分の
夜行特急ユーロナイトでチェコのプラハへ向かうのでした。
I didn't spend much time in Krakow, but Auschwitz. I would say that Kwakow is fine city but I prefer
Warsaw because of the silence which made me relaxed. Kwakow has so many tourists for me, compared
with cities in Russia. I can guess West has more and more. I wouldn't go this time.
Auschwitz really impressed me in the way of displaying something. It is too difficult for me to describe
that muzeum. All I can tell you is just go and feel it. All I can express to the world is this history must
not be repeated any more forever.