第11章 優しい人が住む街 アダナ
ギョレメでの楽しいひとときを過ごした僕はまた一人、誰も訪れない
ような街を目指していた。
アダナという街はトルコ第4の都市でありながら、観光資源が無い為に
日本人で訪れたという人はあまりいない。でも僕は観光ガイドブックに載っていた
「メルケズジャミィ」というモスクの美しさに魅せられて、実際に見たくなったのである。
カッパドキアからのバスは8時間後にアダナに到着。適当に街を歩いて
宿探しを始めた。ガイドブックに載っている安宿を探していると、何やら4人ほどの
トルコ人の若者が近寄ってくる。イスタンブールでの教訓として、警戒心を持っていた
のだが、さすがに擦れた人達とは違って、地図を見てホテルを探して、それじゃあね、と
去っていった。やっぱりトルコ人は優しい人が多いのかな。無事宿を見つけて一休み。
アダナに来た目的は2つ。1つはモスクを見ることで、もうひとつは長距離列車で
イスタンブールに帰ること。いままでいろんな長距離列車に乗ってきたし、このトルコの
大地でも是非経験したかった。あまり鉄道は発展してないが、ここアダナからは24時間かけて
イスタンブールへ戻る深夜列車が走っているのだ。
宿でノンビリし、名物の「アダナケバブ」をおいしく食べたあと、早速駅に行ってチケットを
購入。一枚の紙だが、これからの旅に胸高鳴る。
そしていよいよモスクの見学に出かけた。
また地図を広げていると、散歩中のおじさんが道を教えてくれた。そこには写真でみたまま、
いや、それ以上の景観が広がった。
みとれていた僕に地元の高校生が声をかけてきた。習いたての英語で一所懸命
話そうとしていた。みんな単純に珍しい日本人と話をしたいってだけみたいである。
30分ほど話し込んだあと、バイバイといって自転車で去っていった。
次の日、隣町メルスィンに出かけた。
明治時代、オスマン朝の軍艦エルトゥールル号は、横浜からイスタンブールを目指して
出航したが、暴風雨のため和歌山県沖で遭難し、近くの住民が必死の救助をしたという。
この話は両国の友好関係のきっかけとして今も語り継がれている。ここメルスィンと和歌山
県串本に同じ慰霊碑があるという。
ベンチに腰掛けていると、やはり老人や子供が近寄ってくる。ジュースや
パンをくれたり、英語で話したり、ここでもたいへんな親日さを感じました。