入院中のおはなし
3月8日土曜日
11:30に家を出る。
12:00麻酔科(澤本Dr)受診。手術のスケジュール、麻酔の使用予定の説明を受ける。
今回使用する麻酔は、、
・全身麻酔…手術中無意識無呼吸状態で何も感じなくなります。
・硬膜外麻酔…背中に細い管を入れて下半身の麻酔液を少しずつ流し込む。手術後の痛み軽減のため。
その後病棟へ移動して入院手続きをする。消化器・循環器系の3D病棟の4号室に入院。
主治医の小川Drと対面し、インフォームドコンセントとして術前説明を受ける。手術の内容や
スケジュールの再確認と術後起こりうる合併症等の確認。用紙にサインして終了。
病衣に着替えていよいよ入院生活が始まります。夕食から病人食、といっても手術前の
早期癌患者なんてどこも悪くないような普通に元気な人なので常食をモリモリ食べる。
3月9日日曜日
我が人生においてフルに胃が存在する最後の日、といえば大袈裟かしら。
3食を普通に食べ、下剤・睡眠薬を服用して就寝。
とくに緊張せず。
3月10日月曜日
手術当日。
早朝から浣腸をくらい、点滴をうたれてようやく病人ぽくなる。
午前中には家族も集まり、12時予定の手術を待つ。しかし予定が遅れているようで
1時半にお呼びがかかる。肩に筋肉注射を打たれたこの時点ですこしずつ意識は薄れる。
ベッドのままエレベータに載せられ、手術室へ送り届けられる。
最初に入った部屋で背中に硬膜外麻酔の処置をしていたが、かなり手間取っていたことは
覚えている。どの医師が担当していたかは記憶にナシ。その隣の部屋に移った以降は
完全に記憶はありません。
手術は約3時間。待合室にて家族は、主治医の小川Drから切り取った生身の「胃」を
見せてもらったそうな。
「終わりましたよ」そんな先生方の声が聞こえた気がしたが、はっきり覚えているの
部屋に戻っている途中。「ハローハロー」と家族に答えていたような気がします。
とても蒼ざめていて体のいろんなところが管でつながれていてとても痛々しい姿だったそうです。
面会時間は7時までだったが、その日だけは家族は9時まで居てくれた。
そしてその夜、地獄の激痛が待っていたのでした。手術前に手間取った「硬膜外麻酔」。
本来なら下半身全体に少しずつ麻酔を効かせて術後2日くらいは痛みを感じないように
するための処置なのだが、なんと背中に挿し込んだ部分が少し折れ曲がっていたらしく、
まったく麻酔液が流れなかったのだ。当然、腹筋を真っ二つに切られた痛みをそのまま
感じることになる。夜中はほとんど眠れず、何度も読んだナースコールにも簡単な痛み止め
の処置だけしかされず、時計がなかなか進まない夜だった。
3月11日火曜日
朝からもちろん痛みは全開。痛みのために微熱まででる。でも強力な痛み止めの注入等
ですこしは和らぐ。術後から着けていた酸素マスクを取り外した。
電動ベッドを上げては少し動いたりする。腹筋が真っ二つだけに、腹筋を少しでも
使う動きはできません。
夜の痛み止めの座薬は非常に効果的。一週間以上使いつづけました。
3月12日水曜日
鼻から通している管を抜く。この管は鼻から食道を通って胃まで達している。
胃の出血分が流れ出るために、管は赤く染まっている。この30センチの管を一気に
抜く。痛くて気持ちが悪すぎる。
さらに尿道にささっている導尿の管も抜く。この瞬間も気持ちが悪い。
ということは、今日から自分の足でトイレへも行かねばならない。左手で傷口を押さえながら
右手で点滴台を押して初めの一歩を踏み出す。前かがみになりながらゆっくりゆっくり歩き始める。
3月13日木曜日〜14日金曜日
午前中は順調に歩行訓練をするが、歩けば歩くほど傷の痛みが戻ってくるので
そんなに長くは歩けない。
3月15日土曜日
現在まだ残っている管は、右脇腹からのドレーンの管と、点滴のみ。
今日は右脇腹の管を抜いた。これはシリコン製で、胃と十二指腸の縫合部から
の出血を外へ出すためにあった。20センチのこの管を腹から一気に抜き取った。
本日から食事が出された。とはいっても、今日の献立は流動食。
朝 重湯・味噌汁・ミルク
昼 重湯・豆乳・ミルク
夜 重湯・カルピス・ミルクティ
といった意味不明な献立だが、5日間まったく胃や腸を動かしていないため、何を
飲むのにも不安になる。たった三杯のコップだが、40分ほどかかってゆっくり飲む。
それでもお腹が驚いたらしく、腹を壊したり、冷や汗がでたり。
3月16日 日曜日
朝 3分粥・味噌汁・豆腐煮・フルーツゼリー
昼 うどん・豆腐・フルーツゼリー
夜 3分粥・カボチャスープ・ほうれん草の御浸し・蒸し鳥
各食事、もちろん完食はできず、半分くらい残す。
少し油断して食事のスピードが速まると、心臓ドキドキし、冷や汗タラタラ。
これがダンピング症候群というものだそうです。
手術当日から今まで左腕に刺さっていた点滴はついに外されて、
私から管は無くなる。ついに身軽になりました。
それ以降…
食事は3分粥→5分粥→7分粥→常食と徐々に慣らしていきました。
退院の前日には常食が出されましたが、やはり一度も完食はできませんでした。
時々お腹を壊したりはしたものの、隠れてチョコレートを食べてみても大丈夫でした
し、順調に回復はしているようです。
3月18日と20日には抜糸をしました。お腹を縫い付けている絹製の太い糸を
小川Drがブチっと切って一気に抜きます。一部神経に当たっている部分が、
痛くてたまりませんでした。でもお腹の傷がくっついたということは久々に
シャワーを浴びれるってことで嬉しかった。
入院中は様々な方がお見舞いに来て下さいました。
いつも楽しい親戚や地元の友人、会社の先輩や上司など。
退院したら挨拶周りしないとあかんね。
戦争が始まりテレビを良く見ていたが、それ以上に読書ばかりしていた。
食事中は漫画を、それ以外はいろいろな本を読んでいました。
特に紀行モノは、早く体を治してまた旅をしたいという意欲が湧いてきます。